七輪!人々の暮らしから紐解く七輪の歴史

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七輪の活用方法

七輪は、それぞれの時代の中で人々の暮らしを支え続けてきました。この記事では、そんな七輪の歴史について、徹底解説していきます!

歴史を紐解くことで、七輪の楽しみ方がより一層深まります。

是非、参考に読んでみて下さい。

七輪は生活必需品だった

七輪とは、野外や土間等に直接置いて利用する、持ち運びを可能にしたコンロのことです。釜戸(かまど)は台所と呼ばれる調理場に据え付けられたものですが、七輪は移動可能なコンロです。その歴史は屋内に持ち込んで利用できるようにした平安時代頃からと考えられています。

簡単な炊事に使うことを目的に利用していたものが、転用されながら七輪の形になったと考えられています。屋内に持ち込まれる頃には暖房器具や小さな灯りとしても活用されてきました。

七輪は電気やガスの無い時代において、生活必需品だったといえるでしょう。

燃料に使われた炭団(たどん)を解説

江戸時代の後期には、炭団(たどん)と言われる燃料が使われていました。炭団(たどん)は炭の粉末を燃焼する素材で混ぜ合わせ、テニスボールからソフトボールくらいの大きさに丸めて乾燥させた燃料のことです。

木炭製造時には売り物にならないカケラが大量に出てきます。木炭は砕けやすいため、炭俵(すみだわら)や炭袋(すみぶくろ)などの中にも粉末が大量に発生します。それらを練って丸めたものが炭団(たどん)の始まりです。

炭団(たどん)は木炭と違い火力は弱い一方、種火の状態で燃焼し続けます。炭団(たどん)の燃焼時間はとても長く、一日中燃え続けることができます。そのため、火鉢やこたつにも利用されてきました。料理用の火力としては、弱火でじっくり調理する煮物調理に活用されました。

一般家庭でも炭の粉を集めて炭団(たどん)を作っていたようです。当時は粘着剤としての海藻を混ぜ固めたものが広く使用されていました。

炭団(たどん)は石油やガスが普及するまで一般家庭でずっと使われてきた燃料です。昭和30年代頃まで、全国に炭団製造工場がありました。

日本は石油やガスが普及したので炭団(たどん)は使われなくなってしまいましたが、石油やガスが普及できていない発展途上国では2021年の現在でも炭団(たどん)をメインの燃料として使用しています。

炭団(たどん)用の江戸七輪を解説

江戸時代に普及した炭団(たどん)は、炭団(たどん)専用の七輪で使用されていました。炭団(たどん)を燃焼させやすいように、窪みが丸くて浅いタイプの七輪で炭団(たどん)を燃やし続け、釜戸(かまど)の火種として利用されてきました。

炭団(たどん)の火力は弱いので、料理をする時は釜戸(かまど)で木炭を燃やして使用していました。

一般的な家庭に備わる釜戸(かまど)に燃焼室があるため、七輪で火をおこすことはあまり考えられていなかったようです。そのため、窪みが丸くて浅く、炭団(たどん)がピッタリハマるくらいの窪みでした。

さらに、江戸七輪は木枠で囲われているのが一般的で、持ち運びや転倒防止などに配慮されていました。江戸時代では火事の被害がとても大きかったため、火の管理にはとても厳重だったようです。

七輪とよく似た「かんてき」という道具

京や大阪では七輪によく似た「かんてき」と呼ばれる道具がありました。かんしゃくを起こしやすい人のことを「かんてき者」と言い、すぐに火を起こせたので、すぐに怒ってしまう人に例えて「かんてき」と呼んでいたようです。

かんてきは江戸七輪とも形状が異なり、いわゆる植木鉢のようなバケツ型でした。当時の瓦屋さんが瓦を焼くときにバケツの形をした「かんてき」を作ったことが始まりです。

「かんてき」も火をおこすための道具でしたが、炭団(たどん)を燃焼させる目的ではなく、炭や木材を燃やして、火起こしや焼き料理に利用されていました。そのため、土間や屋外で使用されてきたので七輪と似ているものの、用途としては別のものでした。

豆炭用の明治以降の七輪

明治になると江戸七輪のような浅い皿の七輪ではなく、木炭が多く入れられるバケツ型の七輪が主流になります。

燃料にも改良が加えられ、木炭や炭団(たどん)にあわせて、豆炭が利用されるようになりました。豆炭は炭団(たどん)とコンセプトは同じで、練って固めた燃料です。材料には石炭、低温コークス、亜炭、無煙炭、木炭、を原料とする粉が使用されました。

家庭用の燃料として使いやすく開発された豆炭は、正方形で中央が膨らんだ形状をしています。硬くて重量のある固形燃料です。

安定して長時間燃焼できるので、炬燵(こたつ)用としても活用され、「豆炭炬燵(こたつ)」と呼ばれる専用の炬燵(こたつ)がとても流行しました。

豆炭炬燵や豆炭は現代でも購入できます。

豆炭は使用される材料によっては、石炭のような燃焼臭がするものもあります。

燃料と同じように時代時代に合わせて、七輪も形状や材料を進化させてきました。

能登半島の珪藻土(けいそうど)

七輪を語るうえで外せないのが材料の珪藻土(けいそうど)です。珪藻土(けいそうど)の産地としてよく知られているのが、石川県の能登半島です。能登半島は75%が珪藻土(けいそうど)でできています。

珪藻土は、大昔に海で生息していた藻類です。藻の仲間である単細胞植物の死骸が堆積したものが珪藻土(けいそうど)です。長い長い年月をかけて藻類の死骸が済み重なって化石となり、その化石が岩石となったものです。

ダイアトマイトという名称もついています。

珪藻土(けいそうど)はいくつか優れた特性を持っています。それは、耐火性と断熱性です。火に強く、熱を伝えない特性がすぐれているため、保温材のような建築材料としても使用されています。保温性と合わせて吸湿性もあるため、壁用の材料として使うことができます。

電気を通さないため絶縁体として利用することもできます。

また、珪藻土(けいそうど)には発癌性があります。焼結してセラミック状になった珪藻土(けいそうど)は使用が禁止されている国もあるようです。

様々な特徴をもつ珪藻土(けいそうど)ですが、注目すべきは耐火性と断熱性であり、七輪の材料にとても適している点です。

炭を入れた状態の燃焼中の七輪の内側は800℃ほどの高温になりますが、外側は手で触っても大丈夫なほどの断熱性があります。

切り出し七輪の魅力

能登半島の珪藻土(けいそうど) を人の手で堀りすすめ切り出していきます。クサビや槌で叩き、ブロック状に切り出された天然の珪藻土(けいそうど) から切り出される七輪は最高級品です。

彫刻のように一点一点職人さん達の手によって成型していきます。天然のものなので、当然のように切り出し中に亀裂が入ったり、割れたりすることがあります。

職人さんの手によって慎重に加工された珪藻土(けいそうど) は七輪へと生まれ変わっていきます。

七輪の形に成型された珪藻土(けいそうど) は大きな窯で焼成されていきます。焼成後磨かれた切り出し七輪に金具を取り付けます。

切り出し七輪の製造はそのほとんどの工程が人の手によって行われています。とても時間と手間がかかる作業です。

切り出し七輪は天然の珪藻土(けいそうど) が使用されているので、軽く、水にも強い特性をもっています。

切り出し七輪のほうが遠赤外線効果が強いとされていて、まさに最高級七輪と言えます。

七輪に感じる歴史

私達と同じ人間が電気もガスもない時代に、七輪を使用して料理をしていました。七輪はいまも手に入れることができ、炭を用意すれば電気もガスもなくたって料理をすることができます。

七輪を使っていると、昔の人達もこうやってウチワであおいだんだろうなぁ。とか、昔の人達もこんなに美味しい焼き魚を食べていたんだなぁ。とか、色々なことを考えます。

食べることは人間の幸せ。

火のある暮らしは人間の歴史。

七輪は歴史と暮らしの集大成!

七輪を使うとモノの見方、食べ物に対する気持ちが大きく豊になっていきます。私はそんな七輪が大好きなので、一人でも多くの人にこの魅力が伝わるように、ブログを頑張っていきます!

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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